これからの塾の役割について

2014/12/24

いつか書きたいと思っていましたが、なかなか書く機会がなく…
雑記ですので、読みにくいですがあしからず。

先日クリスマス会がありました。例年、REVのクリスマス会は、外でワイワイ遊ぶ行事です。

その中、今年は外で元気にゲームする姿が見受けられました。一体何を考えているんでしょうか…

今日触れる内容は、ラインの何が問題かということです。

よく保護者に「ほんとにラインが・・・」という相談を受けます。

知人の学校の先生はこのように言っておられました

「今は叱っても、心に響く子はいません。どうせ後でラインで面白おかしく書かれるだけですよ。今の子供達は叱っても無駄です。」

私は学生たちが抱えている問題は、個別領域の問題ではないかと考えています。

昔(少なくとも私が中学生くらいの頃)は、誰かが怒られると、それを見て、「あ、自分も気をつけないと」と思ったものでした。クラスが35人いたら、「よく怒られる奴」というのが2.3人いました。そして彼らが怒られているのを見て、あの先生は怒らせてはいけないな、などと感じたものでした。(と言っても、私は怒られる側でしたが…)

つまり、他人の問題を自分の問題として投影していたと言えるでしょう。

私も子供の頃、先生に叱られると、言葉が出てこなくて、必死でした。先生が起こっている場で誰が助けてくれるわけもなく、家に帰っても一人で(親はいますが)悩んでいました。

怒られた当人はというと、自分の問題には自分で向き合っていました。

しかし、ネットワーク化が進み、子供は一人で物事に向き合う必要がなくなりました。
先生に怒られて不愉快な気持ちになっても、家にかえば馬鹿だのウザいだの好きにストレス発散できるのです。

結果、教育現場では35人全員に一対一で、ネットワークから切り離させて向き合うことを強いられるようになりました。印象深い言葉を挙げます。

「私は黒板から振り返りたくありません。出来ることなら授業だけして、そのまま帰りたい。」

はっきり申しまして、そのような言葉を聞くと、公教育は病んでしまっています。

私は今後、塾と学校の関係が徐々に逆転していくのではないかと危惧しています。
熱い指導を求める保護者は、その方面で塾にやりたがるようになりはしないでしょうか。
ゆとり教育が終わり、センターが廃止され、学校はさらに日々の勉強を重視するようになると思います。
ただでさえ、特に中学において私立と公立の差は、多方でスゴイものがあると実感しています。
その差を埋め、また、物事にきちんと向きあわせ、自立した人間を育てていく。

これからの塾には勉強面以外の指導が求められると思います。