ちょっと暑すぎるんじゃないかな…

2016/07/07

あづい。とてもあつい。
先日、オゾンホールが回復という研究結果が新聞にのっていた。
小学生の時、オゾンホールを夏休みの研究に取り上げ、泣いてしまったことを思い出した。
小学生の時、僕はオゾンホールはそう遠くないうちに塞がると結論する自由研究を模造紙に書き、提出した。現在オゾンホールが広がっているのは規制以前に排出されたものの名残であり、近いうちに回復に向かうと書いた。フロン排出を止めているのだから当然といえば当然なのだが、当時の僕には自分の意見を反映する大作中の大作だった。
ところが学校の先生は僕の意見をひねくれていると評した。地球温暖化防止のためにみんなで取り組みましょうというようなことを言われた記憶がある。何をいったか言われたかはもう覚えていないが、とにかく僕は泣いた。
しかし、先生は僕に教訓を与えてくれたと思う。
誰もが納得できるように分かりやすく書かなければならなかった。
僕の大作には配慮や、検討がなかったのだろうと思う。
生来の負けず嫌いだ。納得いかないことにはとことん反論するタイプの子供だった。
自分を認めさせたいという思いが先行し、配慮に欠いていただろうことは想像に難しくない。
僕が頭で考えていることや意図が、そのまま相手に伝わると思い込んでいた。
教育の難しいところは、先生が万能ではないところだと思う。
だから、単純に知識の教授を目的とするならば、先生は不要になるだろう。
では僕たち先生は何を教えられるだろうか。いつも考えている。
教えると言うよりも共に学ぶのがこれからの先生の役割のようだ。